残暑続く中、ある休日の昼下がり。黒乃レイラはリビングでレモンティーをストローから吸っていた。ガムシロップを二つも入れており、甘ったるい。ついでに片手でスマートフォンをいじり、彼女の趣味であるヘヴィメタルのバンドや公演の情報をSNSで閲覧している。
普段は暇さえあればギターの練習に励んでいるレイラであるが、今日はなんだかのんびりしたい気分なのであった。
「……暇ね」
レイラは思わず独りごちる。私立の中高一貫進学校に通いつつ、ギタリストとして活動している彼女には、あまり縁のない言葉だ。レモンティーは残り少なくなり、その残りをストローで音を立ててズズズっと吸い切る。
そのままぼんやりとスマートフォンの画面をだらだら眺めていると、画面上部にチャットアプリの通知が表示された。海那からだ。早速アプリを開いてみると、次のメッセージが出てきた。
「これから、エマと一緒に遊びに行ってもいい?」
ラッキー。ちょうど親も自宅を留守にしているし、三人で楽しもう。レイラは返信する。
「いいよー。ちょうど暇してたんだ」
「じゃあ、今から向かうね!」
スマートフォンの画面を消して、レイラはキッチンに向かう。海那とエマを出迎える準備をしなければ。
ティーポッドの茶葉を新しいものに入れ替えて、ポットでお湯を沸かす。お湯が湧いたら、保温モードに切り替える。今度は自室へ移動し、散らかっている漫画やギター雑誌を本棚へ。軽く掃除機もかけた。これで準備は完了だ。
ちょうどインターホンが鳴ったので、レイラは応対する。
「はーい」
「来たわよ」
「レイラ!」
玄関まで駆けていき、ドアを開けると、海那とエマが立っていた。海那は水色のワンピースに身を包み、頭に大きなリボンを付けて、まるで人形のような風貌である。一方のエマはデニム地のショートパンツに黒のバンドTシャツと、ラフなバンドマンらしい恰好だ。それから、エマはカバンに加えて中身の入った紙袋を手から提げていた。
「まあまあ、入って」
「「おじゃましまーす」」
レイラは二人を自室まで連れていく。その後、二人を待たせて紅茶を作りに再びキッチンへ。ティーポッドに熱湯をなみなみ注いで、カップや砂糖とともにお盆に乗せる。こぼさないように気を付けつつ、それを自室へと運ぶ。
「暑いけど、ホットの方が海那好きでしょ」
「もうっ、さすが私のお嫁さんなんだから。よく分かってるわね」
「……海那ったら///」
海那がアイスティーよりもホットの方が好みなのを、レイラは当然のように知っている。それは、何度も一緒にお茶してきたからだ。レイラにとっては自然に覚えたに過ぎない事であったが、海那には好意に映ったようで、レイラは思わずドギマギしてしまう。
「レイラ、顔赤いよ」
「エマも黙ってー!」
ティーセットをテーブルに置きつつ、エマのツッコミについ反応するレイラ。とりあえず、なかよし三人組の小さなお茶会が始まった。
レイラが三人のティーカップへ紅茶を注いでいる間に、エマが持ってきた紙袋をガサゴソと漁り、中身をテーブルに出す。カラフルなグミに、シックなパッケージのビスケットである。どちらも、ドイツ製のものであった。
「もしかして、ドイツから取り寄せたの?」
「ママが送ってくれたのよ」
よく話を聞くと、日本に留学で来てからしばらく経ち、故郷の味が恋しくなったエマが親に仕送りしてもらったようである。幼少期ドイツに住んでいたレイラにとっては、懐かしいパッケージの数々であった。海那は日本ではあまり見かけないそれを、物珍しそうに見ていた。
エマが早速グミの方を開封した。
「私だけじゃ食べきれないし、二人もどんどん食べて!」
「「ありがと!」」
一口グミを口に放り込んで噛み締めると、程よい弾力にフルーティな味わいがレイラをセンチメンタルな気持ちにさせた。小さい頃、親に買ってもらって食べた味。ぶっちゃけ、日本で買える商品は、どれも本場のこの味には敵わない。思わず、涙が出てきそうになる。
続けて、ビスケットも一枚取ってパクリ。自然由来の優しい甘さだ。紅茶にもよく合う。
レイラがエマの方を見ると、どうやら彼女も故郷を思い出しているようであった。幼馴染のエマが日本まで来てくれて、レイラはもちろん嬉しかったのだが、遠く離れた日本でホームシックになっていないか実は心配であったのだ。でも、この様子なら当分は問題なさそうである。
そして海那にとっても、ドイツの味は口に合ったようであった。幸い、エマが持ってきたグミの中に日本人の多くが苦手なリコリス菓子は紛れていなかったので、運がよかったのかもしれない。前にレイラが教室で昼休みに食べていた例のタイヤグミを分けてあげたところ、案の定ダメだったのを覚えていたからだ。
「ドイツのお菓子も日本に負けず劣らず美味しいわね!」
海那がそう言うと、二人は当たり前でしょ、とツッコむ。小学校低学年までドイツでエマと共にギターを習っていたレイラにとっては思い出の味だし、エマは現在進行形で育てられている味だ。でも、育ちが良くて舌の肥えている海那のお眼鏡に適ったのはやはり嬉しい。
ドイツ産お菓子の試食が済んだところで、ティータイムはこれからが本番だ。
「そうだ、最近買ったCDがなかなか良かったから、エマにも聴いてほしくて」
レイラは棚からヘヴィメタルのCDを取り出して、再生を始めた。まるで暴れ狂うドラゴンのように狂暴で速く、メロディアスなギターサウンドが響き渡る。ボーカルはハイトーンながらもへなちょこ感のない、上手な方だ。まさにエマの好みそうな、メロディックスピードメタルであった。
エマはそれを聴いて、まるで脳を震わせているようであった。メロスピは精力的に発掘している方であるが、このアルバムはノーチェックだったのである。思わず、紅茶をすすりつつ片手でメロイックサインを掲げてしまう。レイラも、迷惑にならないように軽くヘドバンする。
海那はヘヴィメタルに明るくないため置いてかれているが、それでも二人が楽しそうなのを見て、つられて紅茶を飲みつつ静かに盛り上がっている。一曲終わったところで、レイラは再生を止めてCDを取り出し、エマへ差し出した。
「そろそろ会話に戻りたいし、続きは貸すからぜひ聞いて!」
「サンキュー!」
ここからは三人のお喋りタイムだ。
ヘヴィメタルや漫画、アニメの話で盛り上がっているうちに、紅茶とエマの持ってきたドイツ菓子はすっかり空になり、外を見ると日が沈みつつあった。
「楽しかったわ。そろそろ帰るわね」
「私も一緒に帰る!」
「二人とも、遊びに来てくれて嬉しかったわ。明日また学校で」
海那とエマはお暇するようである。レイラも、暇だったはずの一日が楽しいものになって大満足であった。お菓子の空袋をまとめて、エマの紙袋に入れ、レイラがそのまま捨てるから、と預かる。
玄関を出て、レイラは二人を見送る。
「また明日ね」
「……ねえレイラ」
「うん?」
ここにきて、海那が上目遣いでレイラの事を見つめてくる。レイラは彼女が何を求めているのか、それだけで察せた。
「……分かったわ」
レイラが海那の方へ手を広げつつ身体をそっと近付けると、海那はレイラをぎゅっと抱きしめた。二人は抱き合っている様子だ。自分よりも十センチ以上小さくて、むにっとした海那の身体は、触り心地がいい。海那と密着しつつ、レイラはそんな事を考えていた。
その様子を見て、エマも羨ましくなったようである。海那がレイラから離れた次の瞬間、レイラに抱きついた。急な展開に驚くレイラ。だが、海那ほどではないが、エマも柔らかい。
「レイラとハグするの、久しぶりかも」
レイラから離れた後、エマは少し恥ずかしそうに頬を赤らめていた。海那はレイラを取られそうになった事にちょっと不満そうであったが、キスまではしていないので許した。
二人を見送ったレイラは、自宅の中へ戻る。まだ二人の体温が、自分の身体に残っているのを感じていた。この甘ったるいような、そして微かに酸いような感覚。海那との恋に、異国で過ごしていたはずの幼馴染までが乱入した今、私はどうなっていくのだろうか。レイラはこれからの日々に想いを寄せるのであった。
