留学生のエマ

 9月1日の朝。カーテンの隙間から差し込む日差しを浴びて、金髪の少女が目を覚ます。
「うーん。……今日から学校かあ」
 十代前半くらいの少女は、その外見にしてはやや低めの声で一人呟いた。彼女はパジャマをベッドの上に脱ぎ捨て、その肌と同じくらい真っ白なキャミソールに腕を通す。続けて制服のブラウスとスカートを身に付け、あくびをしながら自室を後にする。
「レイラ、おはよう」
「おはよう、お母さん」
 彼女の名はレイラ。ボブカットのすっきりとした金髪に真っ白な肌、そして170センチくらいはあろうかという長身が、彼女が異国の血を引いていることを示していた。実際、レイラの母親は日本人であるが、父親はドイツ人であり、外見は父親の遺伝の方がかなり強いようである。
 レイラは朝食の目玉焼きをトーストの上に乗せ、塩コショウを軽くかけて口へ運ぶ。一口かじると、半熟の黄身がとろりと流れ出してきた。服にこぼさないように目玉焼き乗せトーストを食べ終えると、コーヒーを一気飲みして席を立った。
「ごちそうさま。行ってきま~す!」
「気を付けてね~」
 玄関に置いてあるギターケースを背負って、レイラは自宅を出る。住宅街をすたすたと歩いていき、5分ほど歩いたところで駅に着いた。電車に乗ると、イヤホンを鞄から取り出してスマートフォンを操作し、アーチ・エネミーの新譜を最初から再生し始めた。激しくも美しい旋律がレイラの耳元で鳴り響く。ボーカルのクリーンボイスとデスボイスの切り替えに、思わず惚れ惚れとしてしまう。
 学校の最寄り駅に着いたところでレイラは音楽の再生を止め、イヤホンを外した。そのまま電車を降り、学生たちの群れに紛れて学校を目指していく。その道中、レイラよりも10センチくらい背丈の低い、ウェーブのかかった黒髪の少女が愛嬌のある声でレイラに声を掛けた。
「おはよっ!」
「あ、海那。おはよっ! ……ってもう!」
 海那はレイラに挨拶すると同時に、彼女にぎゅっと抱きついた。レイラは軽くあしらいつつ、二人並んで談笑しつつ歩いていく。二人は夏休みの間も毎日のように連絡し合ったり、会ったりしていたので、久しぶりという感じは全くない。そんな海那はレイラにとって一番の親友というべき存在であった。
 教室に着くと、それぞれ自分の席へついた。数分後、始業を知らせるチャイムが鳴ったが、レイラの隣の席は空いたままであった。
「あれ、隣誰だっけ? ……そもそも、私の隣に席あったっけ?」
 チャイムに合わせて、担任が教室に入ってくる。そして新学期最初のホームルームが始まった。

「皆さん、おはようございます。早速ですが、ビッグなニュースがあります。なんと、ドイツからこのクラスに留学生がやってきました!」
「わー!!!」
 担任の発表とともに、大きな歓声と拍手が沸き起こった。レイラも思わぬニュースに驚きつつ、空いていた席にも合点がいった。なるほど、留学生が座るための席だったのか。同じドイツ出身同士、仲良くなりたいとレイラは思った。
 いったん担任が廊下に出て、留学生を呼びに行く。そしてすぐに、担任と制服に身を包んだ留学生が教室に入ってきた。その姿を見て、レイラと思わず絶叫した。
「エマ!?!?」
「あら、黒乃さんはエマさんと知り合いなのですか?」
「知り合いも何も、私の幼馴染です!」
 レイラは興奮気味に話す。
 その留学生の姿、赤毛で片目が隠れるほど長い前髪にそばかすの目立つ頬、赤く透き通った瞳は、まさに夏休み中何度も一緒に遊んだエマ本人であった。フェスに参加するため日本に遊びに来ているとは聞いていたが、留学の話は彼女の口から全く出ていなかったのでただ驚くばかりであった。
 でも、確かに言われてみれば一時の観光とは思えないくらい日本語が上達していたし、前々から日本文化に興味があるという話はしていたので、レイラの中でどこか納得はいっていた。もしかして、私に敢えて留学の事は隠していたのだろうか。彼女はいわゆる陽キャだし、その手のサプライズを好むのも不思議ではない。
「……では、改めて皆さんに紹介します。ドイツからの留学生、エマ・オルブリッチさんです!」
「コンニチハ! 私はエマです。レイラの幼馴染です。2年生の間、留学する予定です。よろしくね!」
 クラス全体への挨拶を済ませて、エマは担任に示された席、レイラの隣に座った。
「エマったら~、とても驚いたわ!」
「ごめんごめん。留学の話は前から進んでいたんだけど、正式に決まったのがついこの前で」
「さてさて、ホームルームを再開します」

 ホームルームでは、夏休みの宿題を順番に提出したり、2学期のガイダンスを受けたりした。レイラも海那も成績は良い方なので、特に苦戦した宿題はなかったようである。ガイダンスもスムーズに進み、定刻には解散となった。時刻はちょうど正午を過ぎた頃。話題の留学生、エマの周りには人だかりができていた。隣に座っており、しかも幼馴染であるレイラも自然とそれに巻き込まれてしまう。
 他の生徒から質問攻めに遭うエマとレイラ。エマは高いコミュニケーション能力でサクサクと答えていくが、陰キャで普段はオタクとしか会話しないレイラはぐるぐる目になりながらたどたどしく受け答えをしていた。そんなレイラを見かねて海那が助け舟を出そうとするも、なかなか二人の席にまで辿り着けなかった。
 結局、一時間近く拘束されていた二人は、周りを囲む人が居なくなったタイミングで海那と合流した。くたびれ果てたレイラを海那はよしよしと撫でてあげる。
「うう……ありがと、海那。それにしてもお腹空いたわ~」
「とりあえず、駅前でお昼にしましょ」
 三人は荷物を持って教室を去り、駄弁りながら歩く。話題はもちろん、エマが留学に至ったいきさつである。レイラも海那も留学の話は全く知らなかったので、単純に関心があるようだ。
 エマ曰く、今年の頭頃からドイツの学校の方で交換留学希望者を募集していたとのこと。また、留学先が二人の通う学校になったのは、エマがドイツで通っている学校とたまたま姉妹校であったからであるとのこと、であった。世間って狭いのね~、と感嘆する二人。そんな話をしているうちに、駅前にある緑色の看板が目印のイタリア料理チェーン店に着いた。
「私はとりあえずペペロンチーノで」
「じゃあ、ドリアにしようかな~」
「飲み物は水でいい?」
 レイラが水を取りに行っている間、エマと海那はメニューを見つつ注文する料理を選んでいた。レイラが戻ってきたところで注文用紙を記入し、店員に渡す。三人は料理を待っている間、ガールズトークに花を咲かせていた。
 十分と少しくらいして、レイラの所にはペペロンチーノ、海那にはマルゲリータ、エマにはドリアがやってきた。三人は会話を続けつつもぐもぐと昼食を食べていく。
「「「ごちそうさま」」」
 会計を済ませて外に出ると、ちょうど一番日差しの強い時間帯、14時の少し前くらいであった。三人は暑さでとろけそうになりつつも、なんとか耐える。
「ところで、エマはこれからどこに泊まるの?」
「ああ、あそこのマンションでホームステイするのよ。ホストファミリーはミカさんって名前よ」
 その名を聞いた途端、海那は再び驚いた。
「私の叔父さんのところじゃない!」
 またまた、世間って狭いのね、と感嘆する三人であった。
 エマとは夏休みで再びお別れかと思っていたレイラと海那であったが、まさかの展開にこれから訪れる毎日が少し楽しみに見えてきた。二人だけでも色々あったのに、そこにエマが加わって三人になったら、どんな化学反応が起こるのか想像もつかない。
 二学期を迎えたものの、三人の夏はまだまだ終わりそうにないようだ。そんなワクワクを胸に、三人はまたねと別れを告げて帰路に就いた。素敵な明日がやってくる事を信じて。

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