ライバル登場!?

 夏休みの混雑した成田空港の国際線ゲート。そこに、一人の少女が立っていた。
 その少女は赤毛で、ウルフカットに片目が隠れるくらい長い前髪が特徴的である。肌色は少し暗めの白で、赤味の強いオレンジ色の瞳、頬にはそばかすが目立つ。身長は165センチくらいだろうか。薄黄色のTシャツと黄緑色のスカートを身に付け、スニーカーを履いていた。
 彼女は窓口にて、パスポートを差し出す。
「エマ・オルブリッチさんですね」
「はい」
 少女の名前はエマというようだ。
 入国審査を終え、エマは空港から出ている電車に乗った。電車に揺られること数十分。エマはレイラの自宅の最寄り駅で電車を降りる。スマホとキャリーバッグを携え、エマは地図アプリを見ながら歩いていく。
 歩くことおおよそ10分。エマはレイラの家の前まで辿り着いた。
「ここがレイラの家ね」
 早速、インターホンを鳴らす。

その頃、レイラは自室のベッドにうつ伏せで横たわり、スマホでSNSの画面を眺めていた。普段は空き時間中ほとんどギターの練習やDTMに勤しんでいる彼女にしては珍しい。家にいるのはレイラ一人で、母親は夜まで外出、父親も所属バンドのリハーサルに出ている状況である。
「たまには、こうしてダラダラ過ごすのも悪くないわね」
レイラは部屋着のバンドTシャツとスウェットを身にまとい、サラサラなボブカットの金髪を片手でいじりながらのんびりと休日を楽しんでいた。彼女の肌は真っ白で、吊り目がちな青い瞳がキラキラと輝いていた。
このまま昼寝でもしてしまおうか、と思っていた矢先、インターホンが鳴った。レイラはベッドから起き上がり、玄関の方へと向かう。
そして、インターホンの画面を覗き、画面の向こうに映るエマの顔を見て、思わず声をあげてしまった。
「エ、エマ!?!? What!?」
思いがけない来客に、レイラは驚きと喜びを隠せないまま玄関の扉を開けた。
「年末以来ね、レイラ。会いたかったわ!」
エマは扉をくぐるや否や、レイラに飛びついた。自分よりも重い体重を急に掛けられたレイラは、うわっとバランスを崩して尻餅をついてしまった。ちょっと痛かったが、エマの嬉しそうな表情を見たら、そんなことはどうでも良くなった。
二人は身体を近付けたまま、顔を見合わせてふふふと笑う。約半年ぶりの、思いがけない再会に喜ぶ二人。
レイラはゆっくりと立ち上がり、エマの方に手を伸ばす。エマはレイラの手を掴んで立ち上がり、靴を脱ぐ。玄関を上がったエマはレイラに問いかける。
「びっくりしたでしょ?」
「そりゃあもう。でも、どうして日本に?」
「メロディック・メタルフェストを観に来たのよ」
レイラは数日後に開催予定のそのフェスの存在をふと思い出す。エマはレイラと同じくヘヴィメタルが好きなギタリストであるが、中でもメロディック・スピードメタルを得意としているのだ。スラッシュメタルが主食のレイラとはちょっと方向性が違う。
エマが言うに、彼女は夏休みの間しばらく日本に滞在するとのことである。フェスの後は日本各地を旅行して回るらしい。その最初の目的地が親友であるレイラの家であった。
早速、レイラはエマを自室へと案内する。エマは日本の住宅について狭いイメージを強く持っていたが、レイラの家は思っていたよりも広く、イメージとのギャップにやや驚いていた。
二人は自分の部屋がある二階に上がり、扉を開けてエマを中に入れる。
「コーヒーでいいかしら」
「ありがとう」
レイラは部屋を出、キッチンへと向かった。部屋には一人、エマが残されている。
エマはレイラの部屋をぐるりと見まわす。机は綺麗に片付けられており、参考書が整然と並べられ、ブックエンドで直立させられている。本棚には様々なジャンルの漫画やギターの教本がぎっしり詰められており、反対側の壁にはメタルバンドのポスターとTシャツが掲げられている。ベッドの枕元を見ると、目覚まし時計とぬいぐるみが置かれており、そして部屋の中央にはミニテーブルがあった。
レイラの部屋、思っていたよりも片付いているなとエマは思う。彼女の性格をよく知るエマは、もっと雑然とした部屋を想像していたのだが、どうやらギターや機材も置いていないし、この部屋をそもそもあまり使っていないのでは、と推測した。
その頃一階のキッチンでは、レイラがコーヒーを淹れていた。コーヒーメーカーに焙煎済みの豆を入れ、熱湯を注ぐ。スイッチを押せばあとは待つのみ。
すると再び、インターホンが鳴った。今度は誰だろうか。レイラは玄関へと向かう。
画面を見ると、海那がカメラの先に立っていた。
海那は水色のワンピースを着ており、その垂れ目な青紫色の瞳で画面の向こうのレイラを見つめていた。手にはトートバッグを携えており、中には何か入っているらしい。
レイラはナイスタイミングだと思った。エマが日本に来るのは初めてなので、彼女と海那は面識がない。遠い異国に住む友人を紹介する千載一遇のチャンスだと考えたのである。早速扉を開け、海那を迎え入れる。
「海那、今日はどうしたの?」
「カップケーキを作ったから、一緒に食べたいなと思って」
海那は履いていたハイヒールを脱いで、玄関を上がる。そしてレイラと並んで彼女の部屋へ向かう。その途中で、レイラは話を切り出した。
「実は、今私がドイツに住んでいた頃からの友達が遊びに来てるんだ。紹介するね」
とも、だち……?
海那は耳を疑った。レイラの友達は自分だけだと思っていたからだ。まさかレイラが私にドイツ時代の友達を隠していただなんて。しかしレイラは悪びれている様子もない。
レイラとしては、エマの存在を隠しているつもりなんて毛頭なかった。ただ話題に挙げることがなかっただけ、程度の認識である。
結局そのままレイラの部屋の前まで来て、レイラが扉を引いた。
「エマー、日本の友達がちょうど遊びに来たから紹介するね。海那っていうんだ。海那、こっちはエマ。私がドイツに住んでいた時からの友達で、ギターのライバルなんだ」
「私はエマ・オルブリッチ。エマでいいわ。よろしくね」
「わ、私は水鏡海那。よろしく」
レイラが二人にお互いを紹介すると、コーヒーメーカーの近くにセットしておいたタイマーが鳴った。どうやらコーヒーができたようだ。レイラは二人に待っているよう伝えて、一階へと降りていった。レイラの部屋には二人だけが残された。
しばしの静寂の後、エマがにこやかに、しかし慣れない日本語の言葉選びに迷いつつ海那に話しかける。
「あなたも、ミュージ……音楽をやってるの?」
「いいえ。私はイラストや漫画を描くのが好きで、それがキッカケでレイラと仲良くなったの」
「All right! そうなのね。もしよければイラストを見せてもらえるかしら?」
「えっ、……ええ。」
海那はトートバッグからスマホを取り出して、自分の描いた作品の画像をエマに見せる。美術部の活動で描いた風景画、空き時間で落書きしたアニメ調の人物画、一番の趣味である漫画……。エマは興味深そうにそれらを見て海那に笑顔で語り掛ける。
「色々なジャンルの絵を描くのね。Amazing!」
「ところでエマちゃんの方は?」
「エレキギターよ。レイラは十年来のライバルなの!」
そう嬉しそうに話すエマを見て、海那の秘めた闘争心に火が付いた。友達で、しかも十年来のライバルだなんて! 私も負けていないんだから!
しかし、自分よりもエマの方がレイラとの付き合いが長いのも事実。海那はまだ、レイラと出会ってから一年と少ししか経っていない。それが素直に悔しかった。
と、ここでレイラがコーヒーの入ったカップとガムシロップ、ミルクをお盆に乗せて戻ってきた。レイラはそれらをミニテーブルの上に置き、海那とエマにカップを渡す。
「お待たせー。まあ、二人とも、ゆっくりしましょ」
レイラはガムシロップを二個とミルク、海那は一個とミルク、エマはミルクのみをコーヒーに入れて一口すする。
コーヒーを口にして、海那は思い出したかのようにトートバッグから作ってきたカップケーキを取り出した。多めに作っておいたので、エマの分もちゃんとある。レイラとエマは海那にお礼を言いつつ受け取ると、エマが早速一口食べてみた。生地はチーズケーキ風味で、中にはドライフルーツが散りばめられている。
「あなた、レイラの好みをよく知っているのね!」
「と、当然よ! 私はレイラのことなら何でも知っているんだから!」
海那はやや強めの口調で主張する。
「じゃあ、逆にレイラの苦手なものは知ってる?」
「生トマトときのこ」
「それなら、レイラの得意教科は?」
「社会科」
「好きな服のブランドは?」
「K○llst○r」


 ……
 突然始まった自分に関するクイズバトルに困惑するレイラ。海那の顔を見ると、頬が赤くなっていて、青紫色の瞳にはうっすら涙が見え隠れしていた。一方のエマを見ると、得意げな表情をして、海那の出すクイズに次々と答えていた。
 海那ったら、もしかしてエマに嫉妬してる? とレイラは気付く。確かに、今まで海那にエマのことを話したことはなかったかもしれない。でもそれは決して悪気があった訳じゃない。それに、私にとっては、海那もエマも大切な親友だ。だから二人には仲良くしてほしい。
 しばらくレイラは考えた後、海那の方を向いて声を掛ける。
「まあまあ、海那ったら落ち着いて」
 続けて海那の耳元へ一瞬近付き、早口で囁いた。
「エマは私とキスとかしたことないから」
 その囁きを聞いた瞬間、海那はスンと落ち着きを取り戻した。エマはその様子を不思議そうに眺めていた。
「ま、まあ、エマちゃんがレイラと仲が良いってのは本当だってよく分かったわ。仲良くしましょうね、エマちゃん!」
「私も海那と仲良くなりたい! Thank you!」
 レイラも安心したかのように、再びコーヒーを口に運んだ。
 その後は一時間ほど、三人で雑談して盛り上がった。エマのドイツでの生活の話や、エマとレイラのギターに関する裏話、海那の漫画描きあるある、など。色々な話題が出るちょっぴりディープなガールズトークであった。
 気が付いたら夕方。エマは時計を見てホテルのチェックインの時間を思い出す。
「レイラ、そろそろホテルに向かうわね。また日本にいる間に何度か遊びに来るから。海那も一緒に遊びましょ!」
「「日本旅行、楽しんでね!」」

レイラに見送られつつ、彼女の家を後にした二人。エマと海那は横並びになって話しながら歩いていく。レイラはすっかり打ち解けた二人の様子を見て、とても嬉しくなった。
部屋に戻ったレイラは、コーヒーとカップケーキの残骸を片付けつつ、いつの間にか鼻歌を歌っていた。今日は最高の一日であった。こんなに楽しい日々が、毎日続いたらどんなに幸せなことだろう。
海那とエマは、駅に着くとまたね、と手を振って別れ、海那は自宅、エマはホテルの方へと向かう電車にそれぞれ乗った。
海那の心から信頼できる友達の中に、エマが加わった。最初は驚いたし悔しかったけれども、ちゃんと話してみると素敵な人だったからだ。エマと出会えて、今日はラッキーな一日だ。
エマにとっても、日本で新しい友達ができるのは予想外の出来事であった。しかも、レイラの親友だなんて。エマはこの出会いが何か運命的なものであるような気がしてならなかった。


 レイラと海那、そしてエマ。三人の新たな物語が始まる予感がした。

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